小説版ミッサーシュミット

文章を書くのが大好きなミッサーシュミットの小説の数々♡

休日と犬の睡眠薬⑨

 準備を終えた彼は、私の足を大きく広げさせた。原始的な欲求を、一秒も早く満たしたい。全身の毛が逆立ち、性感帯がフル稼働していた。最高の状態で彼を迎え入れようと、体が独りでに準備を始める。私は、禁断症状に襲われたジャンキーのように、哀れな叫び声を上げた。

 私の顔をちらりと見た後、彼は、喉を鳴らして唾を飲み込んだ。慌ただしく、熱く尖った先端を私に当てがった瞬間、こう呟いた。

「入れるよ」

 耳に言葉が届いた後、体を中心から真っ二つに割かれるような衝撃が走った。

 いつもなら、鈍い痛みを感じる場所があるので、彼は緩やかな挿入をする。だが今日は、素早くスムーズに、一番深い場所に入って来た。あまりに突然で、声を立てることすら出来なかった。口を開くと、まるで隙間風のような、弱々しい音がした。 

 全身が汗ばみ、震えていた。彼の一部が、何度となく出たり入ったりする感触を、鮮明過ぎるほどに感じ取る。動きと共に起こる快感の波が、徐々に大きくなって行った。

 気持ちいいけど、苦しい。

 もう、このままじゃ、駄目。

 胸の中で、心臓が、破裂してしまうのではないかと思うほど、激しく脈打っている。彼を包み込む内側の筋肉が、細かく痙攣し始めた。その度に起こる、強い快感に、思わず腰を引いた。その動きが、彼の欲情と支配欲を、更に煽ることになった。

 爪先を、ソファベッドから浮かせた。体から、少しでも多く無駄な力を抜く必要があった。二の腕を掴む彼の手が、胸に移動する前に、もう少しだけ自分を、限界に近い所に追い込んでおきたかったから。

 強く腰を打ち付けられた瞬間、喉の奥から悲鳴が迸った。私は、ようやく、出口を見付けられた。

真直ぐ彼の瞳を見詰めながら、急かすように訴えた。

「奥が、奥が、気持ちいい」

 鳴き声交じりの悲鳴が、彼を煽り立てたようで、瞳の中に、鈍い光が宿るのが見えた。私の中で、彼の一部が更に獰猛になり、圧迫によって生まれる熱が、媚薬に変わる。

 お互いを貪り尽くすという感じで、二人の心に、微かな狂気が生まれた。荒々しい彼の衝撃を上手く逃がす為に、私は呼吸を深くした。重なり合った部分に圧力が生じて快感を増したのか、彼は小さく声を上げた。

 私は涙ぐみ、私を組み敷く彼は、不敵な笑みを浮かべた。

彼は私のお尻に、汗ばんだ手を回し、腰の位置を少しずらした。そして、今までで一番深い場所に、彼が届いた。

 強列な刺激に身を震わせながら、彼の逞しい背中に、しっかりと腕を巻き付けた。快感に焦点を合わせ、自分からも積極的に、天国への近道を探す。来て欲しい場所を強く突かれると、背中が弓なりに反った。突き出した胸の先端を彼の舌が這う。身悶えする度に、舌が当たる角度が微妙に変わり、何度も強い快感を味わう事が出来た。

 快楽を分かち合いながら、強く、互いの体を抱き締めた。息苦しさに身じろぎするが、力を緩めて欲しいとは思わない。痛みも苦しみも全て、今だけは、快楽に繋がっていた。

 今まで使ったことのない言葉が、不意に心に浮かんで来た。 

 愛してる。

 もう一度心の中で繰り返した時、本気でそう思っているのだ、と気付いた。呆然としながら、彼を見詰めた。そして、私はまた、体を熱くした。 

 愛を感じさせてくれた人が、目の前にいる。他には、何も要らなかった。

 涙は出ないのに、泣きじゃくるような声が、喉から漏れた。彼は、全身に汗を浮かべながら、腰の動きを止めることなく、無言で、私の言葉を催促する。息を切らしながら、私は、必死に声を出した。

「もう、いきたい」

 彼は口を開き、苦しそうに、音を立てて息を吸い込んだ後、顔を近付けて、優しく私の唇を塞いだ。私の呼吸を奪うように、何度も何度も深く口付けをした。

 

 私達は二人で、世界で一番の快感を、味わい尽くしてしまった。そう思った後、私は急に一人ぼっちになって、泡で埋め尽くされた、金色の海に急降下した。 

 ハッと、不意に目を開けると、すぐそばに、彼の腕があった。ソファベッドの上に、2人で横たわっていた。普段、隣の寝室のベッドに掛かっている羽布団が、裸の体の上に掛けられている。 

 こんなに近くにいるのに、今はもう、さっきみたいに、溶け合えない。あの瞬間を再び味わえる保証は、どこにも無い。

 どちらがどちらか分からなくなるくらい、ドロドロに溶けて混ざり合った。絶対的な一体感が、まだ、体の中に残っている。 

 私達は、また二つに別れてしまった。胸の中を、ナイフで切り刻まれているようだった。痛みは感じないけど、とても苦しい。声を上げて泣きたくなった。でも彼が目を覚ましてしまうと可哀想なので、必死で我慢した。

 脇腹に当たっていた彼の手に、そっと自分の手を乗せる。とても温かい。昼間のココアマグカップより、ずっとずっと熱を感じた。

 心臓が痛むから、無理に笑ってみた。かなり引き攣った笑顔になったけど、泣き顔よりはマシだと思った。

 薄暗がりの中、耳を澄ますと、雨の音が聞こえた。もしずっと降り続けるつもりなら、今日だけは、体中がぐしゃぐしゃになるまで、濡れてもいい。

 今すぐ外に出てみようか。

 そう思ったが、結局、体を起こさなかった。まだ暫く、服を着たくなかったのだ。

 同じ布団の中で、彼の体温と、鼓動を感じている。それに気付くと、寂しさが、どこかに洗い流されてしまった。

 彼の中にはきっと、私の一部が残っているだろう。私の中にもまだ、彼の熱さが残っているのだから。

 そうだ、私は、幸せなんだ。

雨音を聞きながら、不意に、それを思い出した。

 眠りに落ちてしまいたいのに、ソファベッドの柔らかさが、気になってしまう。コーヒーを飲めば、きっと、すぐに眠れる。だけど、彼を起こしたくはなかった。

 諦めて寝返りを打ち、少し大袈裟に溜め息を吐いた。キッチンのダストボックスから、彼が捨てたピザの空き箱の匂いが漂って来て、明け方の、冷えた空気と混じり合う。自分の鼻の良さが恨めしかった。急に空腹を思い出し、一気に、頭の中が醒めていくのを感じた。

……雨もシャンパンも、やっぱり大嫌い!

 心の中で悪態を吐き、思わず吹き出した。肩を軽く震わせ、声を立てずに笑う。遠くの空から雷の大きな音と、どこかの犬が遠吠えをする声が聞こえてきた。

 犬と言えば。

 彼が昔飼っていた犬の名前って、多分、アンかアーニャじゃないかな。

 もし当たってたら、御褒美に、ローマに連れて行ってくれないかな。

 彼が起きたら話してみよう。

 もしかしたら本当に、いいよって言ってくれるかもしれない。

 映画と、お酒と、セックスで、すっかり酔わされて、私は少し、おかしくなったのかな。

 そう思って、もう一度、彼の方に体を向けた。一人でぐっすり眠っているのが悔しいから、あと少し経ったら、キスして起こしてやろうと思った。

《完》

 

 

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