小説版ミッサーシュミット

文章を書くのが大好きなミッサーシュミットの小説の数々♡

どうぞあの世で しあわせに!(短編)

どうぞあの世で しあわせに!⑩ 《完結》

「息子の、死因は、何ですか?」 恐ろしく明瞭な発音で、私は男に訊ねた。 「ただの老衰。凄く楽に死ねたみたいだよ。家族に看取られながらさ」 「幸せだったのでしょうか?」 「うん、多分ね」 「夫は?」 「ノートに名前が無いかな?」 男に言われ、急いで…

どうぞあの世で しあわせに!⑨

男は、すぐに戻って来た。彼が私の前に立つと、部屋の様子がガラリと変わった。さっきまで男がいた場所に、大きなホワイトボードが現れた。振り返ると、たくさんの座席が並んでいる。私達は、最前列の座席のすぐそばに立っていた。 「教室かな、懐かしいね」…

どうぞあの世で しあわせに!⑧

「もし、ここに居続けるとしたら、この格好のままなんでしょうか?」 思ったよりも喉が枯れていて、消え入りそうな声しか出なかった。男は、不思議そうに首を傾げながら言った。 「この格好って? 死ぬ前と同じだよ」 「そんな! だって」 「十分綺麗なのに…

どうぞあの世で しあわせに!⑦

これが、私……? すぐには信じられなかった。若さも、美しさのかけらも無かった。 容姿に対して、必要以上に奢った気持ちは抱いていないつもりだった。美容には、最低限の気配りしかしたことがない。美貌のお蔭で窮地から救い出された覚えも無いではないが、…

どうぞあの世で しあわせに!⑥

或る朝、監獄の扉の外から、法廷で会った男の声が聞こえた。普段は意識したことのない小さな隙間から、彼の衣服の発する光が入って来た。それはまるで、窓から降り注ぐ春の日差しのように柔らかかった。 気の遠くなるような時間を過ごしたようにも思えるが、…

どうぞあの世で しあわせに!⑤

「罪状を見るに……何で誰からも殺されずに済んだのか、不思議に思うくらいだね。あんた自身の悪運の強さもあるけどさ、これは、周りの人のお蔭だね。些細なことから命に関わるようなことまで、内容は色々だけど、あんたの罪を隠し通して、警察やらマフィアや…

どうぞあの世で しあわせに!④

神よ。 私は多くの罪を犯しました。 人を騙し、人のものを盗み、人の心を利用し、陥れたこともあります。 酒に溺れ、薬に溺れ、何のために生きているかも分からずに、虚しいだけの日々が、ひたすら早く過ぎてゆくことだけを願って生きていました。 苦しい現…

どうぞあの世で しあわせに!③

「そう、素直が一番。それじゃ、始めよう」 男が背筋を伸ばしたのと同時に、左右の男達が立ち上がった。彼らは私に、睨むような鋭い視線を送った後、一層強い光をまき散らしながら、どこかへと消えた。その瞬間を待っていたかのように、男は質問を開始した。…

どうぞあの世で しあわせに!②

私は生前、特定の宗教を持ってはいなかったが、天国とか、地獄とかいう場所は、存在すると思っていた。だから、死ぬのが怖くてたまらなかった。 しかし、実際に死んでから、十八年間の記憶は、一切無い。天国と地獄、そのどちらにも行けなかったのだろうか。…

どうぞあの世で しあわせに!①

肺を患い、長い間、病床にいるせいで、日にちの感覚はとうに失せていた。カレンダーを見るのは、健康な人間に任せてあった。 窓の外を眺めると、同じ夏でも、七月なら七月だけが、八月なら八月だけが持つ特別な色彩を、ちゃんと見分けることが出来る。これに…