小説版ミッサーシュミット

文章を書くのが大好きなミッサーシュミットの小説の数々♡

どうぞあの世で しあわせに!②

私は生前、特定の宗教を持ってはいなかったが、天国とか、地獄とかいう場所は、存在すると思っていた。だから、死ぬのが怖くてたまらなかった。

 しかし、実際に死んでから、十八年間の記憶は、一切無い。天国と地獄、そのどちらにも行けなかったのだろうか。今更「最後の審判」でもないだろう、という気はするが、男達の思惑は、まるで読めなかった。

「取り乱さないでいてくれるのは助かるよ。不安だろうから先に言っておくけど、天国だの地獄行きだのって話じゃない。そんなとこ、俺だって行ったことがないよ」

 私の思考を読んだような言葉を発した真ん中の男は、子供のように声を上げて笑った。左端の男は、まるで無反応だった。立っていた右端の男は、ゆっくり腰を下ろした。

「カミラ、生前あんたは、愛する夫と息子に恵まれた。あまり長くは続かなかったけど、幸せな晩年だったかな?」

「はい」

 答えながら、私は大きく頷いた。

「一生を振り返った時、自分は幸せだったって言える。これ位、いいことは無い」

 男の声は、父と、それから夫に良く似ていた。

「私も、そう思います」

 ただただ、懐かしかった。顔を綻ばせた私を見て、男は嬉しそうに笑った。

 この三人の男達は、神様や天使なのだろうか。軽々しく話し掛けても、気を悪くする様子はないが、ハイスクール時代の同級生たちとは訳が違うはずだ。そこはきちんと、胆に銘じておこうと思った。

 真ん中の男は、笑顔のまま訊ねて来た。

「あんた、生きてる間に、悪いこといっぱいしたよな?」

 思わず体が硬直した。男の声は相変わらず楽しそうで、私にはそれが、とても恐ろしく感じられた。

 私は、本当なら、日の目を見て生きていける人間ではなかった。

 十代最後の秋、友達数人と出掛けた繁華街のクラブでの、或る一人の男との出会いをきっかけにして、酒と薬に溺れた。幸い、大学進学の為、親元を離れて一人暮らしをしていたので、それを家族に知られることはなかった。そしてまた、休暇中に帰郷しないからといって、不満を言うような人達でもなかった。

 一年と立たない内に、私は事故で家族を全員失った。その時、深い苦しみと悲しみと同時に、とてつもなく大きな安堵を、確かに感じていた。天涯孤独の身になったことに、どこか、喜びを感じていた。私は狂っているという自覚が、全く無い訳ではなかった。

 家族を亡くしてすぐに、大学を中退した。出席日数も危うく、既に辞めたも同然だったので、躊躇は無かった。遺産として手に入った、そこそこまとまった額のお金が、それまでの自堕落振りに、更に拍車を掛けた。

 警察や、裏社会の人間との丁々発止が、生活の一部になった。酒や、薬を打つ為の蒸留水の空き瓶が、見る見る内に部屋の中を占領していく。

 いつも同居人が居て、短い周期で違う人に変わったが、他人の存在などに、針の先ほどの関心も寄せていなかった。どうせ、酒と薬を手に入れる為だけに、身を寄せた相手なのだから。

   呼吸を荒くして黙り込んでいる私に、男が話し掛けた。

「可哀想に、顔が青くなったね。済んだことだし、とっくにあんたは死んでる訳だし、どうしようもないよ。ここで罪状を一つ残らず読み上げてもいいけど、聞くの、イヤだろ?」

 軽く頷いたつもりだったが、頭の位置は殆ど変わらなかった。手足の先が軽く痺れて、喉の奥がひどく痛んだ。十八年前に裂けて血を噴出した傷跡が、今も疼くのかもしれない。

「今から質問することに、正直に答えて欲しい。嘘は無しで頼む。どうせ、すぐバレるしね」

 返事の代わりに、深呼吸を一つして、顔を上げた。男が満足げに目を細めたのを見て、私は、軽い目眩を感じた。

 

<続き>

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