小説版ミッサーシュミット

文章を書くのが大好きなミッサーシュミットの小説の数々♡

どうぞあの世で しあわせに!③

「そう、素直が一番。それじゃ、始めよう」

 男が背筋を伸ばしたのと同時に、左右の男達が立ち上がった。彼らは私に、睨むような鋭い視線を送った後、一層強い光をまき散らしながら、どこかへと消えた。その瞬間を待っていたかのように、男は質問を開始した。

「人の物を盗んだことがある?」

 いきなりだな、と思ったが、素直に答えた。

「はい」

 酒や薬の他に、ありとあらゆるものを。時には、誰かの愛する人をも。

「法律を破ったことは?」

 法律や憲法を気にしていたら、到底生き残れはしない。しかし、答えようとしても、唇が、動かなかった。

「どうした?」

 そう訊ねる男の目が笑っていたので、私は安心した。

「もしも意味が分からなかったら、遠慮せずに質問してくれて構わない。それに、別に即答する必要は無いから、ゆっくりでいい。じゃあ、次……」

 質問は続いた。普通の人間なら、問われないだろうと思われるものが、かなりたくさんあった。

私は初めて、自分の罪の多さを知った。男の声が明るく軽快であればあるだけ、心は重たくなる。過去の行動について、具体的な供述をする必要がなかったことが、せめてもの救いだった。

 夫と出逢う前、幸せには程遠かった生活の記憶が、まざまざと蘇った。息子が生まれてからは特に、滅多に思い出すことのなくなっていたマイナスの感情が、胸の中で渦巻いた。

 千は軽く超したであろう。膨大な量の質問が、漸く終わった。どのくらいの時間が消費されたのか見当もつかないが、疲れは全く感じない。私は死んでいるのだな、と、実感した。

「お疲れさん」

 男は椅子に腰掛けたまま、大きく伸びをした。光の宝石が、全身から零れ落ちる。そんな美しい光景も、私の胸をときめかせはしなかった。

「ちょっと、待ってて」

 そう言って男は、少し黙り込んだ。

 

 体の中を吹き荒れるドス黒い嵐の、常軌を逸した強烈さ。それは、罪悪感と恐怖感だった。アルコールや薬物の禁断症状より、もっと悲惨な精神的苦痛に、耐えなければならなかった。気を抜けば、その場に倒れて伏してしまいそうだ。

 神を身近に感じ、その存在を疑うことなど無い人が大多数の国に生まれ育った癖に、その神に捧げる祈り言葉さえ、正しく言える自信は無かった。

 夫とは結婚式を挙げず、それまで一緒に暮らしていた古いアパートの一室で、互いの手を取り合い、二人きりで、永遠の愛を誓った。

 あの瞬間だけは、神に感謝した。しかし、その後再び、真剣に祈りを捧げたいと思ったことは無い。そう、死ぬ間際にさえも。

 だが、死者となった今、この、不可思議な法廷に立たされ、こう感じている。

 私は、正しい祈り方を知らない。

 出来るのは、懺悔だけだ、と。

 

<続き>

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