小説版ミッサーシュミット

文章を書くのが大好きなミッサーシュミットの小説の数々♡

どうぞあの世で しあわせに!⑧

「もし、ここに居続けるとしたら、この格好のままなんでしょうか?」

 思ったよりも喉が枯れていて、消え入りそうな声しか出なかった。男は、不思議そうに首を傾げながら言った。

「この格好って? 死ぬ前と同じだよ」

「そんな! だって」

「十分綺麗なのに、自分の顔が嫌いなの?」

「え?」

「さっき、鏡の中に、どんな風に映ってたのかな?」

「……死神みたいで、やせ細って、とっても醜いし、こんな」

 男は私の言葉を遮った。

「あれはね、あんたの心の弱さを映す鏡なんだよ。牢獄の中で、相当、消耗したんだね。例えどんな自分であっても、正面から向き合って、許したり、認めたりして、あるがままに受け入れるってことに、生前から慣れてれば、そこまで酷い姿は見えない。自分のこと、好きだった?」

 優しく微笑みを浮かべた男は、優しい声で訊ねる。好きとも、嫌いとも言い切れなくて、彼の目をじっと見詰めたまま、いいえ、と答えた。

 十九歳の私は、親からの仕送りと、カフェのウェイトレスのバイト代で生活する、ごく普通の大学生だった。一人の男とカフェで出会い、惹かれ合って、いつの間にか、恋人同士になっていた。

 私を酒と薬漬けにして、卑劣な方法で大金を作らせて、利用するだけした挙句、お金を全て奪って逃げて、二度と姿を現さなかった男。出会った時から、何度も嘘を吐き続けていたが、暴力は一度も振るわなかった。

 私が泣くと、彼は、心の底から悲しそうな顔をした。優しくないのではなくて、ただひたすらに、弱い人だった。私のことは、大切にしたかったのかもしれない。だから、姿を消したのだろう。その直後に、私は家族を亡くしてしまった。だから彼の精いっぱいの善行は、無駄に終わった。

 その男は、私が二十二歳の冬、隣町の、大きな川で溺れて死んだ。薬物と、アルコールによる精神錯乱で、周りの人の制止も聞かず、川に飛び込んだという噂だった。闇社会で急に羽振りが良くなった若い男に捨てられ、後ろ盾を失って途方に暮れていた私は、彼の死を知り、更に自暴自棄になった。あのろくでなしを、まだ愛していたことに気付いてしまい、やるせなくなった。

 どん底まで墜ちようとする寸前に、彼は自殺を選び、私は半ば死んだようになりながらも生き続けて、最愛の夫と出会った。今だからこそ、もう一度、彼に会いたかった。彼はきっと、まだここにいるはず。それに関しては、不思議なくらい、強い確信があった。

 他にも、昔、私をかばってくれた人達の中で、ここにいる人がいたら、絶対にお礼を言いたかった。父と母、そして二人の弟たちにも会いたいが、もう既に、ここにはいないような気がした。

 どんなに辛くても、必死で生き抜かなくてはいけないと、嫌になるほど繰り返し繰り返し、夫から言われた言葉の意味が、今、ようやく理解出来た。だから、私が選ぶ道は、既に決まっていた。

「ここにしばらく、残ります」

「そう。色々と、やり残したことあるみたいだしね。時間はたっぷりあるから、慌てずにね。じゃあ、最後に渡すものがあるから、ちょっと取りに行って来る」

 男は、音も無く法廷から消え去った。光の宝石は、一つも零れなかった。私は、大きく溜め息を吐いた。

 出逢った頃、夫が私に教えてくれた。

「溜め息を吐くと、その分幸せが逃げるんだよ」

 特にそんなこともなかったけどな、と、おかしくなって、思わず笑ってしまった。

 

<続き>

misserschmitt2323.hatenablog.com