小説版ミッサーシュミット

文章を書くのが大好きなミッサーシュミットの小説の数々♡

休日と犬の睡眠薬②

 まだ、雨は止みそうにない。

 すっかり冷めたアメリカンコーヒーを、優雅な仕草で飲み干し、満ち足りた顔で彼は言った。

「じゃ、行こうか」

 私が軽く頷いて席を立つと、他のテーブルに注文を取りに行っていたウェイトレスが、こちらの様子に気付いた。

「いつもありがとうございます」

 入口近くのレジで会計を済ませ、彼女の笑顔に見送られながら、雨雲の下の灰色の風景に、そっと足を踏み入れる。ベルの音を聞き終わると同時に、扉の前で、彼と一緒に、傘を広げた。その瞬間、真紅と濃紺の二つ色が、まるで、カメラのフラッシュのように目に焼き付いた。

 喫茶店から歩いて十分足らずの場所に、引っ越したばかりの彼の部屋がある。新築七階建て、近代的なデザインの、高級マンションの三階。当然、オートロック付き。部屋が広く作られているので、一フロアに三部屋しかない。私のアパートの部屋の、優に四倍はある。はっきり言わないけど、多分、彼のご両親所有の部屋だと思う。

 スニーカーだけでなく、靴下まで水浸しになっていた。彼の後から入った広い玄関で、さっさと靴と靴下を脱ぎ、ワイン色のペディキュアが、禿げていないか確認する。うん、大丈夫。ホッとして、部屋に上がる前に、彼にタオルを借りて、濡れた足を拭いた。

 ジーンズの裾を少し捲り、フローリングの床を裸足で歩く。床暖房だから、すぐに暖かくなる。本格的な春は、まだ遠いようだ。

 濡れたタオルを洗濯乾燥機に放り込んだ後、彼は、キッチンにコーヒーを煎れに行った。

さっき飲んだばかりなのに! 

 何も言わず、私はリビングの、真新しい大きなソファベッドに腰を掛ける。十人くらいのパーティなら、苦もなく出来てしまいそうな広さだ。このソファベットは、数日前に買ったばかりらしいが、柔らか過ぎて、座り心地が良くない。落ち着かないので、クッションを床に置いて、その上に腰を下ろした。

 ソファベッドの、ふくらはぎが当たる部分を背もたれにして、じっと天井を見詰めながら、彼を待っていた。キッチンから、挽いたコーヒー豆に、静かにお湯を注ぐ音が聞こえ、柔らかな香りが漂って来た。うっとりとして、目を閉じる。眠気を覚ますはずのコーヒーの香りは、何故か、私の眠りを誘う。だから、夜更かしする日には、コーヒーが飲めなかった。

  目を閉じると、雨の音が良く聞こえた。てんぷらを揚げる音に似ていると思った。コーヒーの香りと、雨の音。極上の安らぎを感じ、急激にリラックスした。

  私は好きになれないけれど、樹々や草花にとって、雨は大切な天からの恵みだ。街や人間の生活リズムを狂わせるためではなく、美しい自然の為に、地上に降り注ぐもの……。 

  柄にもなく、神妙な、それでいて、大らかな気持ちになる。まるで、胸の中に温泉が湧いたように、体中がじわりと温かくなり、手足の先まで血が巡り始めた。

 

 

<続き>

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