小説版ミッサーシュミット

文章を書くのが大好きなミッサーシュミットの小説の数々♡

休日と犬の睡眠薬③

 彼の足音が聞こえた。うたた寝をしていた私は慌てて目を開け、真直ぐ背筋を伸ばす。彼はいつの間にか、服を着替えていた。

 コーヒーが注がれた、耐熱ガラス製の透明なティーカップを、両手に一つずつ持った彼は、呆れたように笑いながら言った。

「昔、うちにいた犬みたいだね」

「犬?」

「うちの犬、散歩から帰ってきたら、飯の時間までぐっすり寝てたよ。さも疲れました、って感じで。それも、人間が使う柔らかいクッションの上で。小学校の時、俺が学校帰りに拾った雑種だったんだけど、家の中で、甘やかして育てたから、凄いワガママになっちゃったんだ。全然言うこと聞かなかったけど、顔も仕草も、見てて堪らなくなるくらい可愛かったから、もう、躾も何も、無かったよね」

 右手で持っていたカップを私が受け取ると、彼はソファベッドに腰掛けた。コーヒーを飲もうとして左手を動かすと、肘が彼のふくらはぎに軽く当たった。

 コーヒーを飲み終えた後、テレビで映画を観ることにした。壁を覆い尽くすほど大きな画面。これならきっと、物凄い臨場感が味わえるだろう。

 彼は洋画が大好きで、ちょっとしたレンタルショップが開けるくらい、たくさんDVDやブルーレイディスクを持っている。作品の選択は、彼に任せることにした。

「気怠い雨の午後に相応しい、モノクロの恋愛映画なんてどう? 例えば」

 彼はいつも洋画のタイトルを、外国語の原題で言う。その作品は、邦題とあまり変わらないものだったので、聞き返さなくても分かった。かなり有名な作品だが、観たことがない。だけど、そのヒロインの姿は、昔から大好きだった。

 部屋の真ん中の、高そうな黒いテーブルを端に寄せ、カーテンを閉めた後、彼は、慎重にディスクをケースから取り出し、プレーヤーにセットした。

微かなノイズの後、唐突に映画が始まった。

  灰色の世界。晴れた空に輝く太陽と、ヒロインの眩しい笑顔。彼女は、気高く美しいプリンセスだった。

  プリンセスは酒に酔って眠り、犬は散歩に疲れて眠る。そして私は、コーヒーの香りと雨音で眠る。うっとりと、映画の世界に見入る彼の横顔を盗み見ながら、彼にとって、一番愛しいものが、この私であればいい、と、心から願っていた。

 エンドマークが出た後も、ハッピーエンドなのか、そうでないのか、すぐ分からなかった。プリンセスの恋は、きっと、永遠に報われることはない。その代わり、一度でも通じ合った気持ちは、心の中に大切に仕舞われたまま、汚されも、色褪せもしないのだろう。そう考えれば、後味は悪くなかった。私は素直に、良い映画だったな、と思うことに決めた。

 

 

<続き>

misserschmitt2323.hatenablog.com