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小説版ミッサーシュミット

文章を書くのが大好きなミッサーシュミットの小説の数々♡

休日と犬の睡眠薬⑤

 三本目を飲み尽くす直前に、頼んでいたピザが届いた。玄関に来た宅配の人に、「ご苦労様」と言いながら、彼は代金の他に、チップ渡しているのが分かった。宅配の人は喜んで、何度もお礼を言った。その人はまた、この激しい雨の中を、濡れながらバイクに乗って帰って行く。思わず、男らしい、と、褒め称えたくなった。

 彼が戻り、リビングは、チーズの香りでいっぱいになる。私は急に、空腹を感じた。私にピザの箱を手渡した後、彼はキッチンに向かう。取り皿とタバスコ、唐辛子を漬け込んだワインビネガーの青いボトル、そして、数種類のハーブの小瓶を、四角いトレイに載せて戻って来た。

 タバスコ以外のスパイスは、小さい頃から通う、イタリア料理店で教えて貰ったものだと、彼が言った。こういう、ちょっとした贅沢を、彼に教わると、心が躍った。

 サイドテーブルの上の、ウェットティッシュを手に取り、彼は私の隣に座った。全、頑丈な厚紙で出来た平たい四角の箱を開け、好きなスパイスを振り掛けて、彼と二人、床の上に座って、ピザを食べた。シャンパンとの相性は、言うまでもなく、抜群だった。

 二枚目を食べ終えると、彼は照明のリモコンで、天井のライトの色を変えた。蛍光灯とは違う、柔らかなオレンジの光に照らされ、酔いの回った頭の中が、軽く痺れた。

 雨は、まだ降り続いている。私は窓辺まで歩いて行き、長い藍色のカーテンをめくって、外の様子を見た。足元がふらついて、まるで宙に浮いているような感じがした。

 彼の横に戻り、今度は床ではなく、ソファベッドに腰を下ろした。さっきは柔らか過ぎると思ったが、今は、体が深く沈み込む感触が、とても気持ち良かった。思わず、うっとりして目を閉じ、そのまま全身を横たえた。

「もういいの? ごちそうさま?」

「うん、もうお腹いっぱい。酔っ払っちゃったから、少しこうしてる。ごちそうさま」

 目を瞑ったまま答えると、彼はおかしそうに笑った。

 礼を言うだけで、動こうとしない私の代わりに、彼は食事の後片付けをしにキッチンに行った。蛇口をひねる音、小さな滝のような水音、食器を洗う音が混ざり合い、耳の奥に心地良く響く。シャンパングラスを爪で弾く音ほど澄んではいないが、とてもいい音だった。

 片付けは済んだのに、何故戻って来ないのだろうと思っていると、また、コーヒーの香りが鼻をくすぐった。私は、睡眠薬を嗅がされたような気分になり、そのまま眠りに落ちてしまった。

 突然目が覚めて、慌てて体を起こした。何か夢を見ていたのに、もう思い出せない。  

慌てて部屋の中を見回すと、彼は、テレビの前の床の上で、横になっていた。頭の下にクッションを敷き、昼間、喫茶店で見た、雑誌の続きを読んでいた。スピーカーから小さな音で、彼の好きな曲が流れていた。何を言っているかは分からないが、wannaとか、gimmeとかいう単語が聞き取れたので、多分、恋の歌だろう。

 私が体を起こすと、彼はすぐに気付いて、にっこり笑い掛けてくれた。彼を放ったらかしにして、眠ってしまったことを申し訳なく思い、ごめんなさいと謝った。

「大丈夫、三十分しか寝てないよ」

そう言いつつ彼も体を起こした。

「良かった……もう朝だったら、どうしようって思っちゃった。シャンパンもピザもすっごく美味しかったし、このソファベット、凄く気持ちいい! リラックスして、思わず眠っちゃった」

「ふうん、だったら、買った甲斐があった」

 彼は急に、悪戯好きな子供のような目をして、床から立ち上がった。淡い光の中に浮かび上がる、整った、彫の深い顔。すっかり見慣れた筈なのに、何故か戸惑ってしまう。

 私は、ぼんやりと彼を見詰めた。彼は、ゆっくり目の前までやって来て、私をじっと見下ろしながら、優しく微笑んだ。

 大きな左手が、私の右肩を柔らかく包む。右手の親指と人差し指で、ぐっと顎を掴んで、私の顔を上に向ける。突然の彼の行動に驚いて、大きく目を開いた私とは反対に、彼は目を細めた。

「寝るためだけに、買ったんじゃないんだ」

 顔が近付き、彼の唇が、私の唇に重なった。

 

 

<続き>

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